文×香霖SS(仮)




魔法の森の外れにある、不思議な建物
 
香霖堂というその店を、私は訪れようとしていた
 
少し、昂ぶる感情を抑えながら―――
 
 
 
「こんにちはー」
 
店の扉を勢い良く開ける
 
すると、案の定本を読んでいた店の主人と目が合った
 
「おや、今日は定期の日じゃないけど。また号外かい?」
 
「いえいえ。今日の私はお客ですよー。編集に必要な道具が切れちゃいましたので」
 
気がついた時には殆ど無くなっている。私の悪い癖だ
 
「そうか。それで、何をお求めで?」
 
「えーと…紙とインクと……」
 
一通り必要な物を告げると、彼―――森近霖之助は奥の倉庫へと入っていった
 
店内を見渡す
 
相変わらず物珍しい品ばかりだ
 
見た事もない物や、どう扱ったらいいかわからない物も多々ある
 
今度、いくつか記事に載せてみようか……
 
そう思っていると彼が少し大きめの袋を持って戻ってきた
 
「大体、こんな感じかな。自分で確かめてくれ」
 
――うん。みんな揃ってる。数も申し分ない
 
「はい。どうもありがとうございます〜」
 
代金を払いながら、お礼を言う
 
久しぶりに収入が入ったからか、彼は少し嬉しいような顔をしていた
 
…この人も、苦労してるんだろうなぁ
 
思わず同情したくなってくる
 
「あ、そうだ。ちょっと待っててくれ」
 
「?」
 
彼が向かったのは店内でも倉庫でも無く、居間の方だった
 
暫くして戻ってくる
 
「これを、サービスするよ」
 
「魚……ですか?」
 
手渡された紙パックに何尾か魚が詰められている
 
ちゃんと腸を取り除き、塩漬けまでしてある
 
「何でこれを…?」
 
率直に今感じてる疑問を問う
 
「いや、最近魔理沙の奴が魚釣りに熱中していてね。毎日の様に持ってくるんだよ」
 
「…あの子らしいですね」
 
『今日も大漁だぜ』と店を訪れる白黒が脳裏に浮かんでくる
 
「沢山あって食べきれないし、時間が経てば痛んでしまう。だから――」
 
「お客さんに、配ってるんですね」
 
「そのおかげで霊夢があまりうちに来なくなってくれたけど」
 
寂しいのかせいせいしてるのかわからない表情で、彼は言った
 
「まぁ彼女も、悪気があってやってるわけじゃないですよ?」
 
「わかってるさ。けど、善意だからといってこんなに持ってきて貰われても困る」
 
……あぁ、やっぱり苦労してるんだ
 
いつもあの二人に振り回されて…
 
「あの子が少し、羨ましいです」
 
「?何がだい?」
 
「!いえ、えっと、…あの子のそういう、細かい所を気にしない性格とかです!」
 
っと、いけない。思わず口に出してしまった
 
「細かいのを気にしないというのは、君だってそうじゃないか。あの窓ガラスの時だって」
 
「ああいえ、それはそのっ!過ぎた話じゃないですかー!!」
 
「……まぁ別にもう気にしてないけど」
 
ふぅ…一応、話を逸らす事ができた
 
………そういえば、記事のインタビュー以外で彼とこんなに長く話をするのもあまり無かった
 
そう思うと、少し気恥ずかしくなる
 
何を話せばいいのか――?
 
「そ、そういえば最近何か浮いた話とかありません?」
 
「浮いた話?」
 
「記事のネタになりそうな出来事です。誰かが喧嘩したとか、恋に落ちたとか……!」
 
な、何言ってるんだよ私!
 
さっき話を逸らしたばかりなのに…!
 
「僕の周りじゃ、そんな話は聞かないな。霊夢と魔理沙ならいつも喧嘩してるけど」
 
「そ、そうですかー」
 
「天狗同士では、誰かが結婚したとか、そういう話は無いのかい?」
 
「えーと……今のところは、無いです」
 
「君自身、誰か気になる人がいそうな感じがするんだけど」
 
「!!!?なっ、なっ、そんな事……あるわけ無いですよーー!!」
 
ああまずい、頭が混乱する
 
何故この人はこんなに勘がいいんだろう?
 
「…いや、少し失礼だったかな。変な事言ってすまない」
 
「はは、いえいえ……」
 
顔が熱い
 
多分、真っ赤になってるんだろうな…
 
なるべく顔を合わせないようにしよう
 
「でも君なら、多くの人に好かれると、僕は思うよ」
 
「――え?」
 
心臓が跳ね上がる……そんな音が聞こえた
 
一瞬だけ、頭が真っ白になる
 
「何ていうか、そんな気がする」
 
「……そ、それなら…」
 
え、ちょっ…何を言おうとしてるんだ私!?
 
ま、待って!それ以上は……!
 
でも…口の動きが止まらない………!
 
「貴方は……私の事、好きですか………?」
 
「え……」
 
あああああっ!!何て事を言ってしまったんだ!
 
私の馬鹿っ!これじゃまるで告白じゃない!!
 
「何でそんな事……」
 
「あっ!いっ、いえっ!違うんですよ今のは!ちょっと気になったというか何というかっ!!」
 
ああ!自分で何を言ってるのかわからない……
 
もう…駄目……っ!!
 
「〜〜〜〜〜〜っ!!すいません私はこれでっ!!」
 
目の前に置いてある袋と紙パックを持って、私は店を出た
 
「あ、おい……。まったく、ちゃんと扉くらいは閉めてもらいたいんだが」
 
 
 
 
 

何処を飛んでいるのか、どの速さで駆け抜けているのか、まるでわからない
 
どうしよう……!?
 
その事しか考えられなかった
 
止まる事のできない
 
抑えきれない気持ちを抱えて
 
私は幻想郷の空を走った
 

おわり

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